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経営者の責務

創業者は何も無い状態から企業を起こします。よって、いかに造るか、いかに作るか、いかに創るかを考えます。しかし多くの後継者は先代が作り上げ、譲り受けたものを使うことしか考えず自ら創造しようとは考えません。
経営者がいかに優秀でも、その企業に大きな社会的価値があっても価値を認め、生かしていく後継者がいなければ企業は存続しません。
先代が作り上げた物を当てにせず、自ら組織、金、人材、取引相手、等を作り上げ価値を認め、生かしていく後継者のいる企業は永続して行きます。
その為には創業者の精神を継承し経営理念を創造しなければなりません。
創業者の精神を継承し経営理念を創造出来る後継者の育成は経営者の責務です。事業活動を通して創業の精神の教育をし、同時に後継者の補完者の育成も出来れば尚素晴らしいことです。経営者は後継者に尊敬され、見本にならなければなりません。それには、利己心の無い行動、叩かれてもほこりが出ないような正直な生き方、目標貫徹力の実践、強いリーダーシップ力、意思表示の明確さ。この意思表示の明確さ、という事については特にNOと言えるかが重要です。

部下の気持ちに寄り添う理想の上司

個人的な感情を職場に持ち込むことはビジネスマナーに反する行為ですが、多くの人は自らの行為を振り返らず、気付くことがありません。

その職場に持ち込まれた個人的な感情の源は「自己中心」というエゴです。

当事者は「自己中心」というエゴを認識できないゆえに、マナーに反する行為を繰り返すわけです。

よく「相手の感情を揺さぶる」「感情を突き動かされた」などと言われますが、感情を構築するのも自分でありそこに動機を求めるのも自分であり、相手が笑っていようが怒っていいようが無表情であろうが、認知以前を知りえない以上すべては自らが発因であると言わざるを得ないと思います。

個人的な感情を職場に持ち込むというマナーに反する行為を繰り返す、「自己中心」というエゴをまき散らす人、つまり、感情の発因を認識できない人は、

感情の発因を認識できる人にとって絶好の“カモ”となります。

気持ちに寄り添ってもらいたいという感情は、「自己中心」というエゴにほかなりません。職場にそれを持ち込むことはマナー違反です。

マナー違反を承知で部下の感情を受け止める上司は鵜飼の鵜師。部下は鵜。と言ったら言い過ぎ?

判断を他者に委ねるということ

人間は感情の動物だと言われます。

言い得て妙だと思います。

ただ、感情に支配された判断や行動は後悔の種になりやすいものです。

大衆迎合主義的な価値に基づいた判断による感情の起伏は自らを盲目にします。

日々何事もなく平穏に暮らし、衰退し、朽ち果てていくことを望むのであれば、常識を疑わず慣習にならい、自らの五感を閉ざして余生を送ればよろしい。

衰退し、朽ち果てていくことを望まないならば多少は考えなければならない。

目的は何なのか?

目的が明確になれば、目的のためには手段を選ばない。

より多くの方法を採用しようと思えば、しがらみや、慣習などに縛られないほうが有利であるという事は間違いない。

忙しい

烏兎怱怱なる日常において自己を省みることは困難であるが、それ故価値がある。

ソーニャを求めるのではなくソーニャであるべきだ。